原作者 絲山秋子

「ばかもの」の原作者、絲山秋子さん

映画『ばかもの』の舞台になったのは、原作者の絲山秋子さんが暮らしている群馬県高崎市です。原作「ばかもの」が大好きなことから原作に忠実な脚本にしたいという脚本家高橋美幸さんの意向もあり原作に忠実な脚本が第一稿として書かれていますが、監督の金子修介さんは日航機墜落事故から10年経った群馬を舞台にしたいという思いがありました。ところが、原作者絲山秋子さんは、1985年8月12日に発生した日航機墜落事故は群馬県民にとって深刻な問題なのでそれは止めて欲しいという意向があったことから、だいたい2000年ぐらいからの10年という舞台設定になっています。

原作者の絲山秋子は2006年(平成18年)に群馬県高崎市に完全移住されていらっしゃいますが、出身地は東京都です。大学を卒業してから住宅設備機器メーカーのINAXに入社して、営業職として全国を転勤した経験があります。躁鬱症を1998年(平成10年)に患ったときに休職して入院していますが、その入院中に小説の執筆を始めて2003年(平成15年)に作家デビューしています。

なかなかの勇者な作家さん

芥川賞を受賞したのは「沖で待つ」という作品ですが、芥川賞を受賞された感想は?と言うお決まりの質問に対して「芥川賞は足の裏についたご飯粒みたいなもの」という言葉で感想を述べられています。「取れないと気持ちが悪いけれど、とっても食べられない」足の裏についたご飯粒という、うまいこというなぁ~という感じがします。

絲山秋子さんの書く作品の中に登場する主人公は、とても魅力的です。作品そのものに読者を惹き付けるパワーを持っています。そして孤高な感じを抱きますが、女性の作家でありながらも男気を感じてしまいます。なんでも芥川賞の受賞会見の後に、選考委員の山田詠美さんとひと悶着があったようで「おぼえてろよ」と捨て台詞を吐いた山田詠美さんに対して、絲山秋子さんも「おまえもな。」と言い返したとか… 素晴らしい!

セレブな生活を1日体験してみた結果…

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作品

小説家デビューをしたのは、2003年(平成15年)「イッツ・オンリー・トーク」です。この作品で第96回文學界新人賞を受賞して小説家デビューとなりました。そしてこの作品は第129回芥川賞候補になっていますが、「イッツ・オンリー・トーク」という作品名はイギリスのキングクリムゾンの曲「エレファント・トーク」の歌詞から取られていますが、芥川賞選考委員の石原慎太郎が作品のタイトルに対して、苦言を呈したことでも知られています。「なぜ英語なんだ。「ただの洒落よ」じゃなぜ駄目なんだ」という苦言だったとか…。タイトルにまで物申す、ある意味石原慎太郎らしいといえばらしいかな。

「イッツ・オンリー・トーク」の翌年2004年(平成16年)に「袋小路の男」でデビューからわずか1年後という最速で第30回川端康成文学賞受賞しています。作品発表はまだまだ続いていて、デビューから2年後の2005年(平成17年)『海の仙人』で、第55回芸術選奨文部科学大臣新人賞を受賞したほか『逃亡くそたわけ』では、第133回直木賞候補と第27回野間文芸新人賞候補にも選ばれています。デビュー3年後2006年(平成19年)第134回芥川賞を受賞ていますが、この受賞作品が『沖で待つ』です。

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1年500冊

この1年500冊という読書量は、絲山秋子さんが小学生の時の読破した本の数です。すごい量ですよね。そしてただ読むだけではなくて、読書帳もしっかりつけていたとか。区立図書館まで自転車でいって、ガンガン読んでいたようです。背伸びしたいという思いを抱く小学生時代だったとかで、わざと難しい本を選んでいたとインタビューでおっしゃっていますが小学校3年生でダーウィンを読んでいたとは驚きです。

読書の入り口は「ドリトル先生」というので動物の本から入っていったのは、よくあることですが「ドリトル先生航海記」から3年生の時にはダーウィンまで読みこなすなんとは!豊富な読書量は小学校時代から続いて、中学時代にはヘンリー・ミラー、カミュ、カフカ、モラヴィアと海外文学も読み込まれています。読んだ時のことを今もって明確に説明できる記憶力とその時抱いた感情や感覚そして感想を、きっちりと言葉として語られるところにも作家としての底力をとても感じます。

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芥川作家絲山秋子原作の映画『ばかもの』